Named

→Pia-no-jaC← というユニット。
ピアノとカホンだけのシンプルなユニット。
ピアノの自由なスタイル、無駄に(笑)頑張るカホン
彼らのアルバム「風神雷神」を聞いて、惚れましたね。
「こんなインスト・バンドがあったのか!」ってね。
いやあ、カホン頑張りすぎっしょ。
このバンドは一キーボード奏者として、また一パーカッショニストとして、あるいは純粋に、面白いと思えましたね。
 
で、この名前の由来。
右から読むとPiano(ピアノ)。
左から読むとCajon(カホン)。
そんでもって「ピアノとカホンでライブ空間ジャックしたい」とのこと。
なかなか良くできた名前だなあ、とつくづく思いました。
 
 
さて、今日は親の休みもあり、ちょいと遠出を。
その途中でこんな地名が。
 
美野里」。
 
なかなか良い名前ですよね。
「実里」だったらもっと良かったのですが。
 
 
 
名前は、大事ですよね。
つけられた名前がその人やものの運命を変えるといっても、過言ではありません。
…自分自身、それを強く、感じています。
 
「望」の字。
期待とか、裏切りとか、何か遠いものへの視線とか。
そんな、はっきりしない、それでいて見えそうな感覚。
それは自分自身かなり強く感じていて、また、感じてきた。
 
その昔、ふとした拍子に「『望』なんて、良い名前じゃないか」と言われた覚えがある。
そのときは、「希望の望の字であって、絶望の望の字だよ?どこが良いものか」とか考えてた。
未だに、そう思わなくはない。
ただ、それ以上に、この字が一番自分らしさを表しているんだろうな、なんて考えるようにもなった。
自分は、望であって、ほかの何者でもない。
そう考えたら、この名前も、うん、そんなに悪くない。
どうやら背負った十字架は、そんなに悪くないものみたいだ。
 
 
 
催眠術だろうとなんでも良い。
好きになってしまえば、愛してしまえば、それはもう自分のものなんだ。
「恋は盲目」なんだから、とりあえず毒も気にせずに取り入れてみる。
そのあと、ダメかな、と思ったら手放せば良い。
 
 
怒りも、悲しみも。
その気持ちごと、自分自身を愛してしまえば、傷つくことはない。
その気持ちを味わい尽くせば、諦めもつく。
 
受け入れること。
それがまず大事。