空っぽの空と見えない故郷

…寒い。
寒い。
ほんの少しだけ出ている腕が寒いと訴えている。
 
…寒い。
寒い。
心を通っていく風に冷やされて寒い。
 
 
なんだってこんなに寒いんだ。
守るものが少ないからか。
それとも、そう思いたくなるほど弱いのか。
いずれにしろ、何かに飢えているようだ。
 
 
 
いっそのこと、永遠に続けばいい。
そう思うのはそんなものがないから。
あの建物も、この木も、あの人も、あの空も。
皆、いつかその場所からいなくなる、いつか無くなる。
空にいたっては、その名の通り空っぽだから、もとからあるかもわからない。
それでもそこにあると思う。
きっと何かしらの故郷じみたものを作りたいからだ。
 
 
恋人にしてもそう。
何か自分の安心できる場所、それが欲しいんだ。
だからできることなら変わらないでほしい、変わりたくない。
そんな桃源郷がいつまでも続くのなら、全財産をなくしてもかまわない。
それくらい、思うもの。
 
 
それでも。
天文学的数字の前にはひれ伏す余裕すらなくて、ただただ立ちすくむだけ。
そこには圧倒的な時間という罠がある。
楽しくも悲しくも、まるで川の流れのように過ぎ行く。
もっとも、記憶力の問題でもあるけれど。
それでも人は忘却をもってして全てを越えていく。
嬉しくも、悲しくも。
 
 
そう思えば。
いつまでもこの冬が続くわけではない。
…いつまでも冬を味わえるわけではない。
だからこそ。
いつまでもこの冬を続かせてみたい。
…いつまでも冬を味わっていたい。
そう、思う。
 
 
 
ただね。
あんなに綺麗に月が出るんじゃ…。
もう溜め息くらいしかできなくなって。
あんなに綺麗な空があるなら。
ただちっぽけだなぁと思うくらいしかできなくなる。
 
そんなちっぽけな自分にも故郷はあるだろうか。
ちっぽけ同士、わかりあえる日は来るだろうか。
…また萎縮してしまう。
 
 
ふと気を失えばそこは沼。
さらさらとした沼。
もしかしたらただの砂場なのかもしれない。
でも足にまとわりついてくる。
これは、何?
 
 
ふと気がつけば寒々しい夕方。
ごくごくありふれた夕方。
もしかしたら特別な夕方かもしれない。
それでも、流れていくものは、変わらない。
これは、何?
 
 
自分を見失って。
カレンダーも見失って。
朝と夜を延々と繰り返して。
それでも、ただひたすら寒いといい続けるだけ。
寒さに怯えて、我を忘れるだけ。
 
 
 
すっかり蒼く染まった空。
空っぽの蒼は黄色のウサギを照らして。
ボクは黄色のウサギを見つめて。
そして、また寒いと呟く。
 
 
冬だ。
 
 
昔の自分がどこかにいって帰ってこない。
何度読んでも帰ってこない。
だから待ってる。
ずっと歩き出せずにいる。
 
 
そこは、故郷?
 
 
 
 
車がすぐ横を通る。
聞き慣れたジャズが耳を塞ぐ。
見慣れた景色が目を覆う。
 
 
ここはボクの故郷。
地名としての故郷。
 
心の故郷は、どこだろう。
 
 
 
あんまりにも綺麗すぎる空だから、つい時間を忘れていた。
気がついたら家はもう、すぐそこだった。
 
家は暖かい。
だけど、暖かくなりきれない自分がどこかにいる。
 
外は寒い。
だから、ただひたすら冷たい自分がここにいる。
 
 
 
聞き慣れたソロフレーズ。
見慣れたプレーヤーの青い文字。
 
 
嗚呼、さまよう。
 
ゆらゆら揺れて。
 
 
 
…外は寒い。
薄着だからだろうか、寂しいからだろうか。
そんなのわかるはずもなかった。
 
ただ暖まる何かがあれば、それでよかったのに。
ここには、何にもない。
ただ、空っぽの蒼く染まった空があるだけ。
10年後、20年後もきっとこうして染まり続けるだろう空虚だけ。